未来の価値

第 12 話


予想通りというべきか。
ドアより離れた通路の向こうに、純血派の軍人が居た。
恐らく、窓の外にも待機しているだろう。
スザクは部屋着のままだけど仕方がないよね、と、ジェレミアに近づいた。
険しい顔で睨みつけていたジェレミアは、ルルーシュの恩人だということを思い出し、コホンと咳払いをしてから口を開いた。

「枢木。殿下のご様子はいかがだろうか」
「はい、先ほど目を覚まされました。顔色もよく、体調不良もいくらか改善されたように思います」

その言葉にジェレミアはあからさまに安堵の息をつき、表情が少し柔らかくなった。ジェレミア達のの表情が厳しいのは、何もスザクがイレブンだからだけではなく、ルルーシュの体調を心配していた事も理由だと解る。
ルルーシュは平静を装っていただろうが、傍にいる者には無理をしていたことなどバレバレだったに違いない。

「枢木はあの戦争を殿下と共に生きぬいたというのは、本当か?」
「はい」

スザクの言葉に、ジェレミアは意を決したように口を開いた。

「では、ナナリー様は・・・ナナリー様がどのようにお亡くなりになられたかも、知っているという事だな」

ナナリーの死。
その言葉に、スザクは思わず眉を寄せた。
何の話だろう。
別れた時、ルルーシュとナナリーは共に居た。
確かに目と足は不自由ではあったが、間違いなく生きていた。
だが、ジェレミアはナナリーが死んだという。
その理由を、戦争を生き抜いたなら知っているはずだという。
つまり、戦争時に亡くなったという事。
ルルーシュは自分たちの死を偽装した。
だから、最近までルルーシュも死んでいた。
もしかしたら、ルルーシュはシンジュク事変後もナナリーだけは隠すことに成功したのではないだろうか。
つまり、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、今も死んだままなのでは?
頭を使うのは苦手なスザクだが、ここ最近で一番頭を使い、その結論に至った。
可能性はある。
いや、これは確信だ。
生存を知られたルルーシュは自分一人だけ魔窟へ戻り、ナナリーを隠し続け、今この瞬間も彼女を守り続けているのだ。

「ルルーシュ殿下は、ナナリー皇女殿下の事を何か話されましたか?」
「いや、だからこうして枢木に聞いているのだ」
「ならば、自分からお話しする事は何もありません」

きっぱりと断言された言葉に、ジェレミアは眉を寄せ、唇をかみしめた後「そうか、殿下がお話しにならない事を、聞く訳にはいかないか」と、呟いた。

「間もなく出て来られると思いますので、自分は部屋に戻ります」

これ以上はぼろを出しかねないと、スザクは一礼した後、部屋へと戻った。

「来たかスザク」

ルルーシュはカフスを止めながら、視線をチラリと向けた。
まるでスザクを待っていたようで、思わず首を傾げる。

「どうしたの?やっぱり手伝った方がいい?」
「いや、それは大丈夫だが、この部屋には鏡はないのか?」

きょろきょろと視線を向けるルルーシュに、ああそうかとスザクはタンスへ向かった。
部屋の収納はベッド下の物入れと、このタンスしかない。
タンスの下段には鏡を含めた日用品が入っていた。

「はい鏡。ブラシもいるよね」
「ああ」

それらをテーブルに置くと、ルルーシュは椅子にすわり、鏡を見ながら器用にスカーフを巻いて行く。するりとまかれたスカーフには、アメジストのタイピンを刺した。
幸い寝癖はついていなかったらしく、ブラシで軽く髪を梳く。

「スザク、お前も早く着替えろ」
「え?僕?」
「当たり前だ。あのランスロットはお前しか動かせないんだろう?なのにお前が居ないのはそもそもおかしいんだ」

ランスロットを見に来たというのに、その唯一のパイロットの不在に、馬鹿にしているのかと、最初ルルーシュは思っていた。
死んでいたはずの皇族に、最新鋭KMFを見せるのはそれほど不愉快なのかと。
だが資料を見て、パイロットがスザクだと知り、ルルーシュは驚くと同時にパイロット不在の理由に思い至り、どれだけ腹を立てたか。

「そうなんだけど、部屋で待機って命令されてるんだよ?」
「安心しろ、俺の命令の方が上だ」
「そうなの?」
「当然だろ?それに・・・まあ、あれは、記憶から消したいほどの恥ではあるが、お前が俺の友人だとあいつらは知ったからな、余計な事は言ってこないだろう。だからさっさと着替えろ」
「イエス・ユアハイネス」

皇族からの命令のため、スザクは敬礼をし、そう答えたのだが。
同時に、ひやりとした悪寒が背筋を撫でた。

「・・・スザク?」

殺気を背負いながら、にっこり笑顔でルルーシュはスザクの名を呼んだ。
お前、今何て言った?無言のままそう問いかけてくる。
綺麗な笑顔だが、目が笑っていない。
スザクは思わず固唾を飲んだ。

「だ、だって、君は皇族だろ」

だから、この返礼であってるじゃないか。
しどろもどろに答えるスザクに、ルルーシュはますます笑みを深めた。
同時に、機嫌も急降下した事は言うまでも無い。

「表ではお前の立場もあるから仕方がないが、二人きりの今、どうしてそんな事をするんだ?お前、俺がブリタニアも、皇族も、あのロール髪のクソ親父も死ぬほど大っ嫌いな事、もちろん知っているよな?殺したいほど恨んでいることも、まさか忘れたなんて言わないよな?」

嫌々皇室に戻ったことぐらい、気付いているよな?
俺たち、友達だもんな?
そんな俺に対して、ブリタニア式の、しかも皇族に向ける礼なんて、喧嘩を売っているのか?
そんな無言の圧力に、スザクは勝てるわけもなく。

「ご、ごめん、ルルーシュ。今後注意するよ」

視線だけで相手を殺せそうなほどの怒りで詰め寄る美しい人に対し、そう返答するのが精いっぱいだった。


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